秦氏のキリスト教

早稲田大学の教授で佐伯吉郎という方がいました。東京分理大学の学長でもありました。この方は景教の研究で第一人者で、世界では景教の博士と呼ばれています。彼は英語で「ネストリアンズ」という本を書いていますが、ネストリアンズは景教徒のことです。日本に来た原始キリスト教徒は、記録残っているものでは、AD 199 年頃であったと佐伯吉郎は書いています。 1世紀頃は西アジアも中央アジアも、ほとんどの国がキリスト教国になっていました。 日本の古い書物に「新撰姓氏録」という古文書があります。 これによると、神武天皇から14代目の仲哀天皇(ちゅうあい)の時代に、弓月の国の王である巧満(こうまん)という人が家来をつれて日本を訪問したと書かれています。 これがAD199年でした。 現在の考古学者の説では4世紀後半頃とされています。200年ほどずれがありますが、どちらにしても仏教より前に入っています。弓月は中央アジアのキリスト教国のひとつです。(今のキルギス、カザフスタンあたり?) そして第15代の応神天皇の時代に、巧満の息子(王子)が18,670人の民を連れて日本に移住して来たことが記録されています。王子の父(巧満)が日本を訪問した際に天皇に会い、話を取り付けたのだと思います。仲哀天皇は、弓月の国の文化を高く評価し、また、迫害を受けているこの民族を助けたい思ったでしょう。 移動の中に沈没した船もあった事でしょうが、それでも2万人近い人が日本に移住しました。民族ごとの移動です。これが秦氏と呼ばれる人たちです。彼らは私たちの文化に大きな影響を与え、私たちの血にもなっています。今でも秦のままの人たちもいます

トマスに始まった東方キリスト教 

16世紀に、「カトリック」から「プロテスタント」が分離。 カトリックになる前は、「東方キリスト教」。 最初は(1世紀〜2世紀)は「原始キリスト教」。 私たちが知っているのはプロテスタント教会。 ユダヤ人がなぜヨーロッパのキリスト教に親しめなかったのか?東方キリスト教を学ぶと、それが分かります。 ヒエロニムス(聖書学者AD 347−420)の記録によると、12使徒のひとりであるバルトロマイという人が、インドに伝道に行った後、復路でアルメニアに訪れました。 バルトロマイは、アルメニア滞在中にアルバのポリスという都市)で、皮剥ぎの刑にあい、殉教しました。 トマスもイエスの昇天の2年後に、東に赴きアッシリアのあたりで伝道しました。 アッシリア教会(シリア教会)は、後に中国で景教と呼ばれるようになります。 アッシリア東方教会に、初代の大司教(patriarch)は誰ですかと聞くと、トマスだと答えます。 アッシリアは世界で最初のキリスト教国になりました。彼らは自分たちをトマス・クリスチャンだと言います。 トマスは、その後インドに船で行き、漁師から王様まで色んな階級の人に伝道しました インドに7つの教会を建てて多くの人に洗礼を授けました。 インドには今も聖トマス教会というのがあります。 トマスは、インドで現地の指導者(司祭)を2人任命した後、マドラスに移動しました。 その後トマスは中国に行きました。北京にいた記録があります。 そして再びインドに戻り、AD68−75頃に殉教します。バラモン教徒に殺害されました。 メラポリというところにトマスの墓があります。(サントメ聖堂) マルコポーロの日記に

トーラー ミシュナ ゲマラ  =タルムード

トーラー(モーセ5書=法律) ミシュナ(生活規範) ゲマラ(ラビ解釈) Torah(ヘブライ語)旧約聖書の最初の5つの書のこと。 「創世記」 「出エジプト記」 「レビ記」 「民数記」 「申命記」 は特に重要とされ「モーセ 五書」または「トーラー(律法)」と呼ばれる。 さらに、モーセが神から授けられた法で、成文化されずに口伝で伝えられたものがあり、この口伝は3世紀頃に文書化され「ミシュナ」と呼ばれている。この ミシュナと、ミシュナをラビが解釈した「ゲマラ」から作成された日常生活の規範と、時代時代に対応した生きざまを記したものが「タルムード」である。 タルムードは、6部構成、63編から成る文書群で、現代のユダヤ教の主要教派のほとんどが聖典として認めており、ユダヤ教徒の生活、信仰の基となっ ていると言われるものである。 その膨大な文書の中には民族的排他性と独善的選民思想が含まれた問題箇所があり、ユダヤ人が排斥される原因となってきた。その一部を抜粋。 ユダヤ王は真の世界の法王、世界にまたがる教会の総大司教となる。 あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされ 世界はただイスラエル人の為にのみ創造されたるなり。イスラエル人は実にして、他の民は空なる殻皮のみ。従ってイスラエルの他に民族なし。彼らは ことごとく空皮に過ぎざればなり。 神言い給う、我は我が予言者を畜獣に過ぎざる偶像崇拜の徒の為に遣わしたるにあらず。人間なるイスラエル人の為に遣わしたるなり。 人間の獣に優れる如く、ユダヤ人は他の諸民族に優れるものなり。

ハム族の子孫 バビロンの王 ニムロデ

・ノアの三人の息子からアブラハムまで10代 ・アブラハムからダビデ王まで14代 ・ダビデ王からバビロン捕囚まで14代 ・バビロン捕囚からイエスの誕生まで14代 ここまでで約13,000年 エデンの園から現在まで約15,000年 Source:Koji's DeepMax「ロスチャイルド15,000年」 全地は一つの話し言葉であった。 その頃人々は東の方から移動してきて、シヌアル(シュメール)の地に平地を見つけ、そこに定住した。(創世記10) クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。 彼の王国の始めは バベル、エレク、アカデで、シヌアル(シュメール)の地にあった。 ニムロデの名の意味は”我々は反逆しよう”です。 エジプトの王やローマ皇帝は、ニムロデが神の座に据えて行ったhirearchyシステムを参考にしました。 ニムロデの国家プロジェクトであるバベルの塔はもう少しで完成するところでしたが、神が介入し、人々はニムロデの言葉がわからなくなってしまったので、塔の建設は完成せず、ばらばらに散っていきました。 YouTube 日本人の知らない聖書の真実 第二回「バベルの塔の秘密」 Nimrod: a descendant of Ham (Noah's son) represented in Genesis as a mighty hunter and a king of Shinar. バビロンのニムロデの話と、シュメールのギルガメシュは似ています。 ギルガメシュ(アッカド語: 𒄑𒂆𒈦 Gilgameš) ビルガメシュ(シュメール語: Bilgameš) シ

日本から見たサピエンス全史#23 イスラム教を探る 

信仰の父アブラハムから生まれた三つの宗教:ユダヤ教・キリスト教・イスラム教 中国ではユダヤ人のことが石碑とか書物で残っており、秦の始皇帝もユダヤ人だったと思います。日本でもユダヤ人の埴輪があります。ユダヤ民族は世界中に離散し(ディアスポラ)、世界中どこにでも入り込み、頭脳明晰なので国家を持たなくても金融を握ってきました。世界はユダヤ人でつながっているという考え方を私もしています。 ジャック・アタリ(アルジェリア生まれのユダヤ系フランス人経済学者)が2015年にこんな本を出しています「ユダヤ人、世界と貨幣・一神教と経済の4000年史」。この本の中でジャックは、世界を疲憊しているのは俺たちだと言っています。世界をユダヤ人が支配しているとも言ってています。 しかし、キリスト教の旧約聖書をつくったユダヤ人を全否定したのも、またユダヤ人のマルクスです。ユダヤ人は最初からお互いに対立している訳です。この対立するユダヤ人達から世界の思想ができ上がっていると言ってもいいし、宗教ができあがっていると言ってもいい。ユダヤ人が隠している、というよが世界中に移居して問題は潜在化されました。彼らの生き方がそうさせたし、彼らの生き方が日本までやって来させたという事です。彼らがある意味失敗しているのは、地域の伝統や文化をもっている各国の民族を、その土地に根ざした物質的なベースを無視して統治しようとしても、できないという事です。精神的なものだけでメディアを使って世界数十億の人たちを2000万人足らずの民族で支配しようとしても・・・。 日本国憲法の作者はユダヤ人で、戦後の日本を創ったのは日本人ではなくユダヤ人で

Visionary Activist Astrology

Astrology is the original language of inter-relatedness. In fact, it's a declaration of inter-dependence. The language says there is a harmony a correlated-ness that run throughout creation that we cannot pluck one stand without resonating the whole. I view astrology as a primary language of liberation, a tool for inner access, non essential. We don't need astrology but it's wonderful and exquisite, beautiful language that feeds our intuition. Astrology is at lease three folds. One, its descriptive. Two, it's instructive. Three, its celebratory and devotional. (go back to Chap.1, 11:20 for more note) The Sun Moon Mercury is the mind and intellect, our vice, how we speak, what we speak about

枯骨の予言 エゼキエル書

エゼキエル 37 彼らに言え。神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは、イスラエル人を、その行っていた諸国の民の間から連れ出し、彼らを四方から集め、彼らの地に連れて行く。 24 わたしのしもべダビデが彼らの王となり、彼ら全体のただひとりの牧者となる。彼らはわたしの定めに従って歩み、わたしのおきてを守り行う。 25 彼らは、わたしがわたしのしもべヤコブに与えた国、あなたがたの先祖が住んだ国に住むようになる。そこには彼らとその子らとその子孫たちとがとこしえに住み、わたしのしもべ、ダビデが永遠に彼らの君主となる。メシア王国(千年王国)では、ダビデが復活して、イスラエルの民の君主となることが預言されているのです。 エゼキエル書37章では「骨と骨とが互いにつながり、その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかりおおった」とあります(7~8節)。しかしその中に息はなかったのです。次の段階として、エゼキエルが息に向かって語ります。「息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。」(9節)と。すると、息が彼らの中に入り、彼らは生き返り、自分の足で立ち上った」とあります(10節)。 息が吹きかけられて、枯れた骨が生き返る時はいつか それはすでに回復の風は吹き始めていると言えます。そのしるしの一つは、1948年にイスラエルが建国した事実です。1700~1800年の間、世界中に散らされていたユダヤ人が、今やイスラエルに帰還しつつあります。しかし、枯れた骨である「イスラエルの全家」が完全に生き返るのはキリストの再臨の時、すなわち、千年王国(メシア王国)が成就すると

♉️室に太陽があった時代の神

人類は、太陽神を神々の頂点においてきました。太陽がおうし座にあった時代、カナンの地では太陽神のシンボルはBullでした。Bullは”Baal”が語源でしょうか? Who was Baal? Answer: Baal was the name of the supreme god worshiped in ancient Canaan and Phoenicia. The practice of Baal worship infiltrated Jewish religious life during the time of the Judges (Judges 3:7), became widespread in Israel during the reign of Ahab (1 Kings 16:31-33) and also affected Judah (2 Chronicles 28:1-2). The word baal means “lord”; the plural is baalim. In general, Baal was a fertility god who was believed to enable the earth to produce crops and people to produce children. Different regions worshiped Baal in different ways, and Baal proved to be a highly adaptable god. Various locales emph

バビロンから始まったマネーマジック

The modern “magic” of creating money out of thin air had its roots in the ancient city of Babylon, some 600 years BC. Practitioners of the craft were known historically as “money changers”, as in “change your money from your hand to mine”. From Goldsmith to Money Maker Back in the day, goldsmiths were an honest bunch, plying their trade like any other hardworking citizen of the realm. Having the ability to safely store valuables, the goldsmith’s vault was an obvious choice that people naturally gravitated to for storage of their own gold and silver. It was much easier to hold a receipt than to carry around a ton of weight in gold and silver coin. Made your pants sag. Painted a big target on

金融システムの変遷

第二次世界大戦の後半1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州で開かれた、連合国通貨金融会議で、ブレトン・ウッズ協定が結ばれました。これは世界のいろんな通貨の交換比率(為替相場)を一定に保つことによって、自由貿易を発展させ、世界経済を安定させるために結ばれたとされています。この為替相場を一定に保つために基準とされた通貨がUSドルで、ゴールド1ozにつき$35と定められました。これが定められる前は、世界で通用する通貨はゴールドだけだったのでゴールドが採掘できない国にとっては、自国の貨幣価値を外国に信用してもらうのが難しいので、ゴールドを持たない国にはグローバルに貿易をすることが困難でした。ところが、ゴールド1ozがいつでもUS$35と交換できる事が保証されたおかげで、US$を世界的に信頼できる通貨として使うことで、金を持たない国でも自由に貿易に参加できるようになりました。この時の世界為替は、ゴールドとUSドルが固定されていたことから、固定相場制と言います。 通貨がゴールドから紙幣という媒体になった後、アメリカでは、1955年から1975年まで続いたベトナム戦争等による軍事費拡大と、外国への巨額の資本輸出のため、ドル紙幣を大量に印刷してきました。ドル紙幣を裏付けるゴールドの量が足りなくたったアメリカの大統領はゴールドとドル紙幣の交換の保障をやめました。これが1971年のニクソン・ショックです。ニクソン・ショック以降は、為替は固定相場制から変動相場制へ移行しました。変動相場制では、国の通貨の価値は、その通貨の需要と供給によって変動します。通貨の発行権をもつのは、国の中央銀行です。

しとやか事件

私は5年生くらいの時、男の子から「おしとやか」と言われて、とても傷つきました。トラウマに近い傷です。ディスられたのです。この地域で育つ子は、真面目とかおしとやかと言う時は、かなりネガティブな意味を込めて言うのです。 そんな時期に母は私の為に、可愛くて、胸のところをリボンで閉じるふわっとしたブラウスを買ってくれました。私は見た瞬間ヤバイと感じました。体が小さく痩せて内股だった私は、女の子っぽい服を着るといかにもそう見えてしまう。そのプラウスを着て塾に行った時、案の定「おしとやかぶって」と男の子に言われ、また傷つきました。私は嘘をつくのが苦手な子でした。私の住む家は長屋みたいなアパートで、お隣さんの会話が聞こえるくらい壁が薄いのです。お友達はだいたい大きなお家に住む代々から地元の人たち。グランドピアノがあって、クラシックバレエやアイススケートなどのお稽古事をさせてもらえて、庭園の池には鯉が泳ぎ、コリー犬などがいたりする。私は家の周りの田んぼや畑で泥んこになって遊ぶ汚らしい子。自分がしとやかになど見えてしまったら、それは人を騙している事のようで、罪悪感を感じるのです。 それに私の小学校では、か弱いイメージを醸し出してしまうと、とたんに男子にいじられ、スカートをめくられてしまいます。この土地では、女の子でもノリが良くおもしろい子か、男の子のギャグに受けてリアクションを取ってくれる子がいいとされます。つまらなそうな女の子やノリの悪い女の子は、男の子たちも好きでないのです。女の子もこうやって学校で鍛えられて、たくましい大阪のおばちゃんになってゆくのです。その頃の私には、自分がどんな服を着た

地元人になれない子

初めて母の実家の鹿児島に連れて行ってもらったのは、4年生の夏休み。父と母はお互い近くの村に住む知り合いで、双方の親が結婚を勧めたと聞きました。お互いにいいなと思っていたところだったので喜んで結婚したそうです。両親の時代はお見合いが主流だったのではないかしら。本人同士も親同士も相思相愛の結婚で、よかったーと子供心に思ってました。 神話に出てきそうな大きな山に、精霊が宿っていそうな大きな岩が点々と転がっていて、道ゆく人を見守っているような感じ。ガタガタ道を通って山を越えたその麓の村に母の実家がありました。初めて会う叔父さんは、イノシシの狩人をしていて、猟犬もいました。お家は藁葺き屋根で、林の斜面に建っていました。私たちが到着した日、叔父さんは庭のニワトリを散弾銃で撃って、手早く羽を毟り取り、白い羽が庭中に舞いました。いきなりショッキングなシーンです。その鶏は内臓ごと味噌煮込みになって食卓にあがりました。頑張って食べようとしたけど、お箸に絡まる青黒い腸をみて、ギブアップです。 お風呂は鉄でできており、釜の形をしていました。薪をくべて火を焚くやつ。テレビで見たことがある。木の板にのっかって湯船に浸かる。アメイジング!4人のイトコと初めて対面しました。おばあちゃんもいました。太平洋戦争で亡くなった軍人さんの写真が二つ壁に掛かっていました。一つはお爺ちゃん? もう一つは、若い。長男? 鹿児島県は、特攻隊の基地があったところ。大人になって渡米した私が一度だけ実家の両親に会いに行った時、特攻基地があった知覧町という街に連れて行ってもらうのでした。展示されていた本物のゼロ戦は、あまりに小さく華奢

注意力がずれている子

私が自転車に乗れるようになった頃、母は家の近くの町工場で働いていました。歩いても行ける距離で、車やバスが行き来する道路の前にその工場はありました。私はその道路脇を何度も歩いた事があったので慣れていました。ある日、歩いてではなく自転車でその道を通る事にしました。母の工場の前を通りかかったら、母がいるかどうか覗いてみようと思いました。 自転車の運転もバッチリ慣れた。母がもし建物の入り口付近に立っていたら大きな声で「おかあさ〜ん!」と叫んで手を振ってあげようと思いました。いるかな?私のこと見えるかな?片手を離して大きく手をふったら、自転車が上手だねと褒めてくれるかな?なんて考えているうちに、道路を挟んで反対側にある工場の建物が見えて来ました。入り口が見えて、外で作業をしている人たちの人影が見えました。私は自転車をこぎながら、ちょっと身を乗り出して覗きこみました。そしたらドンという音と衝撃がおこり、私は一瞬宙に浮いた後、道路の下に落ちました。道路の側面は崖で、ガードレールなどはなく、その下は田んぼになっていました。 どうやら私の前には縦列駐車された車があったのでしょう。私は前を見るのを忘れてしまい、止まっていたその車にぶつかったみたいです。私は頭から田んぼ落下しました。着地後、真っ暗でヌルヌルした感触だったのを覚えています。次の瞬間の記憶は、自宅で母にお風呂に入れられて着替えをしてもらうシーンです。母はどうやって私を見つけたのでしょうか?私は助けを呼べませんでした。私が車にぶつかる音を工場の誰かが聞いて、田んぼを覗き込んでくれたのでしょうか?頭から刺さっている女の子をみて、母に「あなた

迷子になる子

幼い頃の私は、自然の中で遊ぶのが好きで、生き物とか昆虫をかを追いかけているうちに知らないところまで行ってしまい、戻れなくなる子でした。自分が方向音痴だと気付いてからは、あまり遠くまで行かないようになりました。 ある週末、両親に連れらて大好きな海に行きました。遠くまで行かないように気をつけて、家族が座っている前で、浮き輪に座ってプカプカしていました。ぼーっと空を見上げていると雲の形がいろんな生き物に見えてきて、すごいなぁー。頭の中でいろんなストーリーが浮かんで、しばらくファンタジーの世界に浸っていました。ふと気が付いて岸の方を見ると、ずいぶん遠いところまで流されていることに気づいて、急いで戻りましたが、さっきまでの風景と違います。家族が座っていた姿もなくなっていました。砂浜に上がり、浮き輪をもって歩き回っても両親の姿がなく、私は大声で泣き出しました。鼻水が大量に流れて口の中に入ってきますが、気にしている余裕はなく、大声を上げ続けました。 そしたらお巡りさんがやってきて、しゃがんで私の顔を覗きこみ、何かを尋ねています。パニックの私は何が何だか分からなくなり、しゃくりあげて鼻水を垂らし続けました。おまわりさんは、ポケットからティッシュを取り出し、優しく私の鼻を拭いてくれました。そしたら、その横をすごい勢いで女の人が走り抜けました。大声で叫んでいます。母でした。あぁ〜、と思い手を上げようとしましたが、走り去ってしまいました。お巡りさんは、もっとたくさんのティッシュを出して、私の鼻をゆっくりしっかり拭いてくれました。そのティッシュは、女の子用のカラフルな絵柄がついていました。母がまたすご

生き物を持って帰る子

幼い頃の私の家の周りには、田んぼや畑が沢山あって、泥んこ遊びをするのに事欠かない場所でした。蝶々やカエルやセミなどでは飽き足らず、もっとチャレンジしたくなり、スズメをつかまえたこともあります。ある時お婆ちゃんが訪ねてきて、母と真剣に話をしていたので、私は外に出て遊んでいました。すると蛇が這う姿が見えたので、チャレンジしたくなりました。誰かがテレビで言っていた。まず頭を足でおさえてから尻尾をつかんで、もう一つの手で頭を掴む。やった。捕まえた。興奮した私は、このハンティングのスキルを褒めてもらいたくて、両腕に蛇をかかえて家にもどって、お婆ちゃんに見せました。母の「ギャーッ」という声が聞こえて、お婆ちゃんの表情も凍っていたような気がしますが、母の声が怖かったので覚えていません。 女の人は蛇が怖いのよと、後で母から教わりました。女の人に蛇を見せてはいけないんだとその時知りました。 幼稚園生くらいの頃、子犬を連れ帰って、飼って欲しいと駄々をこねた私は、そんなに言うことを聞けない子は出て行きなさいと両親に言われ、犬をつれて家出をしました。数時間の家出だったと思います。遠くまで歩いたところで日が暮れてきて、土管か何かを見つけてそこに隠れ、泣きました。両親に叱られたので、おかあさ〜んとも、おとうさ〜んとも言えなくて、おにいちゃ〜んと言ってシクシクしていると、パトカーがサイレンを鳴らして走ってゆく音が聞こえました。私、見つかったら逮捕されるのかな?と思いました。もっと怖くなって声を出して泣きました。すると兄が現れました。私は素直に兄について家に戻りました。賢い両親は、自分たちが探しに行っても出て

おねしょする子

私は子供の頃、おねしょで母を苦しめました。おねしょグセがある子は、何かに怯えている子だと聞いたことがあります。私の場合はそうでした。怖い夢を見て、夢の中で死んでしまいます。そしてゲームオーバーになって目が覚めたらおねしょをしているのがパターンでした。 母はよく夜中に私を起こしてトイレに行かせようとしました。私は夢の中で遠い所にソウルトラベルしているような感じでした。眠りが深く、簡単には目を覚ませなかった。記憶にあるのは母の声がしきりに私を急き立てて、何かをさせようとしている様子。意識がこちらの世界にまだ戻っていないので、何が起こっているのか分からない。誰かが怖い声で何かを連呼している。連呼しているのは私の名前だとゆっくり分かってくる。横になってるから怒られるのだと分かり、起き上がると、怖い声が止む。ほっとして布団の上で座ったまま眠りに戻る。また怒られる。なぜ怒られているのか分からない。 天井を見ても周囲を見ても、ここが自分の家だということが分からない。記憶を失った状態が、目覚めてから数分間続きました。もしかしたら数十分だったかも。起き上がってトイレに行きなさいと言われているのだと分かってトイレを探すけど、どこにトイレがあるのか、まったく分からない。この記憶喪失状態はひどかった。私を起こそうとする母を見ても誰かわからず、小声で『おばちゃん、だれ?』と聞いてしまったことがあります。これは、母に聞こえなかったことを願います。 言葉を覚えて最初の記憶はこの辺からです。怖い夢の世界で死んで目が覚めて、ホッとすると布団が濡れている。怒られる・・・寝ても怖い。覚めても怖い。大人が怖い。女の人

Moses The Law Giver

The United States operates on three premises: Our government is Roman in style. Our philosophy is Greek. Our laws are Jewish. So, Moses is very important to the law of America. We know that Moses is the law giver. Supposedly God gave Moses the ten commandments on Mt. Sinai Actually, the ten commandments are almost identical to the Egyptian's Negative Confessions. Why does Moses have horns? Moses was the focal figure of an ancient cult of moon worship on the Sinai Peninsula. The horn represent the Crescent Moon. Moon God's name was "SIN" Sin, (Sumerian Nanna), in Mesopotamian religion, the god of the moon. Sin was the father of the sun god, Shamash (Sumerian: Utu), and, in some myths, of Isht