少しずつ、自由

晴れてアパートを借りることができた私は、週2回のバイトの夜だけそのアパートに泊まり、そこから朝の出勤をしました。すきま風の入る古い建物でトイレは共同。お風呂もないので、近くの銭湯に行くようになりました。アパートの住人たちは、ほとんど肉体労働者の男性のようでした。いつものように深夜の銭湯から帰る時のことです。後ろから誰かが近づいてくる気配がしたので、歩く速度を早めて帰路に向かいました。足音はさらに近づいてくるので、小走りに近い状態で急ぎ、アパートが視界に入ったところで駆け込むように建物に入り、自分の部屋に向かいました。その足音は建物の中までついて来たので、振り返ると男性がゆっくり近づいて来ます。急いで部屋の鍵を開けて逃げ込んで締める時間はありそう。でも逃げ込んだら、自分の部屋の場所がわかってしまう。女性の一人暮らしの部屋と気づかれたくない。


私はとっさに自分の部屋と反対側の廊下へ向きを変えました。落ち着いて。このアパートの住人さんかもしれないし訪問者かもしれない。そうでなければ大声を出す。きっと誰かが気づいてくれる。両脇の部屋を幾つも通過しながら、突き当たりまで歩く。男性はまだ後ろからついてくる。突き当たりの部屋まで来てしまった。仕方ない。ドアを開けるふりをする。この部屋の右隣か左隣かに入るだろう。自分の鍵を出し、ゆっくりと鍵穴にさす。男性は私のすぐ後ろまで来て、立ち止まった。私を後ろから眺めているの?早く自分の部屋に入ってください。怖いよー。肩をポンと叩かれた。ギクッ。


「姉ちゃん。何してんねん!」男性の声がした。振り返るとその人も鍵を手に握っていた。「あっ・・・すっ、すっ、い、ません。間違えました。」怖かったのと、恥ずかしいのとで顔が熱くなりながら自分の部屋の方に行きました。男性が振り返って私がどこに戻って行くか確認するかもと思いながら、挙動不審の理由を聞かれたら、引っ越したばかりなもんでって言おうかと考えながら振り返ると、男性のドアは閉まっていました。

ぷぅーっ、よかった。ナハー、恥かしぃー。疲れた。寝る。


こうして一年ほど内緒のアパートに寝泊まりしながら夜のバイトで貯めた資金で、マンションに引っ越しし、女子寮生活に終止符を打つことになります。


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