しとやか事件

私は5年生くらいの時、男の子から「おしとやか」と言われて、とても傷つきました。トラウマに近い傷です。ディスられたのです。この地域で育つ子は、真面目とかおしとやかと言う時は、かなりネガティブな意味を込めて言うのです。


そんな時期に母は私の為に、可愛くて、胸のところをリボンで閉じるふわっとしたブラウスを買ってくれました。私は見た瞬間ヤバイと感じました。体が小さく痩せて内股だった私は、女の子っぽい服を着るといかにもそう見えてしまう。そのプラウスを着て塾に行った時、案の定「おしとやかぶって」と男の子に言われ、また傷つきました。私は嘘をつくのが苦手な子でした。私の住む家は長屋みたいなアパートで、お隣さんの会話が聞こえるくらい壁が薄いのです。お友達はだいたい大きなお家に住む代々から地元の人たち。グランドピアノがあって、クラシックバレエやアイススケートなどのお稽古事をさせてもらえて、庭園の池には鯉が泳ぎ、コリー犬などがいたりする。私は家の周りの田んぼや畑で泥んこになって遊ぶ汚らしい子。自分がしとやかになど見えてしまったら、それは人を騙している事のようで、罪悪感を感じるのです。


それに私の小学校では、か弱いイメージを醸し出してしまうと、とたんに男子にいじられ、スカートをめくられてしまいます。この土地では、女の子でもノリが良くおもしろい子か、男の子のギャグに受けてリアクションを取ってくれる子がいいとされます。つまらなそうな女の子やノリの悪い女の子は、男の子たちも好きでないのです。女の子もこうやって学校で鍛えられて、たくましい大阪のおばちゃんになってゆくのです。その頃の私には、自分がどんな服を着たいのかわからなかったけど、お嬢ルックだけはダメだとわかった。この「しとやか事件」の後、可愛っぽく見える服は一切着なくなり、学校へはズボンで行くようになりました。

近所のおじさん達は、喧嘩の時に巻き舌になることに気づき、巻き舌の練習をはじめました。これでしとやかに見られなくて済む。ズボンで巻き舌の女の子になれば安全。男の子たちは吉本芸人のようによく喋ります。大阪のテレビでは毎日のように漫才や落語をやっています。当時は夫婦漫才もポピュラーで、ブスキャラの妻に夫がツッコミを入れながら容赦なく叩く。蹴りも出る。劇場で見ているお年寄りにはこれが大受け。若手漫才でも下品なネタで笑いを取るのは当たり前。そう言うのが好きになれない自分がいましたが、頑張って下品に振舞いました。ボロいアパートに家族4人で住んで、両親も汚れる仕事をしていて、私はこんなに品のない所で生まれ育っておいて、下品が嫌いとは何事か。嘘をついてはいけない。こんなお叱りのような声がいつも内側が聞こえていたからでした。

こうして歪んだセルフイメージをもって大人になってゆく私は、その後も悲惨なほど歪んでゆき、自分の人生に病的に足かせをしてゆくことになるのです。

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