正義の味方 サンドラ

サンドラは、私がマッサージスクールの生徒だった頃からのクライアントです。80歳を超えても元気で、ひとりで車を運転してどこでも行きます。海外旅行が大好き。彼女は心理学の博士で、現役時代は大学教授で、海外にも講師として呼ばれ、自らも心理カウンセラーとして開業していました。キャリアにも家庭にも恵まれて、娘とも孫とも仲が良く、趣味のアートギャラリーの経営もして、やりたい事は全部やってきた人。このまま100歳を超えられるかもと思えるくらい活動的。


この国は、宗教や政治の話題になると過熱しやすいので、私もこの種の会話には神経を使ってしまいます。人種のるつぼの国の性です。2016年と2020年の大統領選は激戦になった事もあり、あらゆる所で会話が過激になりました。サンドラも、マッサージ後は軽く世間話を楽しむタイプの人ですが、この数年は、あの候補者は犯罪者だから逮捕されるべきだ、憎い、許せない、と正義の怒りを発散してマッサージを終えてゆく事が増えました。彼女は博愛主義者で、世の中の犯罪や暴力や差別などの問題に敏感に反応します。権力を乱用する人をみると、許せないみたいです。


ここ何年か、白人警官が黒人に過剰な暴力を与え死なせてしまう事件や、差別発言の問題が頻繁にニュースになりました。そういう時にサンドラの正義の地雷が発動します。


ふと思い出しました。ニューヨークに住んでた頃の、私の学校の先生でもと警察官だった人のはなし。昔逮捕した犯人が刑務所から出所して、自分を襲いに来て殺されそうになって、怖くて警察辞めたって。正義感が強くて警察官になったけど、汚職だらけで、事件現場に行ったら警官たちがまず先にお金を盗んでたって。わかる気がする。それくらいしないと割りが合わないと思いたくなるほど、都市部の警察の仕事は辛い。黒人で警察を憎んでいる人は沢山いるので、スラム街をパトロールするのは、拳銃を持っていても怖い。この問題は根深くて、差別反対のイデオロギーのレベルで解決するのは困難。


7年くらい付き合って、サンドラは打ち明けてくれました。自分にはもう一人子供いて、それは息子だったけど、その子から縁を切られてしまった。息子は、娘とは連絡を取っているみたいだけど、親である自分とは口を聞いてくれないって。


サンドラのような教育者であっても子育ては難しい。というか教育者にとってはもっと難しいかもしれない。教育者の立場で親の立場をとるのは、私だったらできないだろうな。親の立場とは何だろう?子供を一人の大人として自立した人間に育ててゆく事。子供が自分の失敗から学んでゆく環境をつくってあげること。今の自分が子育てをするなら、我が子が世間に迷惑をかけて裁かれることになっても、我が子を愛し続けると思う。それで世間の風当たりが悪くなったら、腹をくくって親として受け止める。それで自分の仕事の立場を奪われるなら、潔く辞める。そうやって、一緒に打撃を受けて苦しむ親の姿を子供がみて、子供が自ら考える。私は若かった頃は、こんな覚悟はなかった。どんな覚悟をどんな局面でしたらいいのか分からなかった。ただ正しくありたかった。


ある時気がついた。私は自分の正しさを振りかざして、どれだけの人を心の中で裁いてきただろう・・・人を裁く癖は治りましたか? 今も、日々自分に問いかける。サンドラはただ我が子に正しい事をしてあげようと頑張っただけ。サンドラの痛みがわかる。私が若い時にサンドラのような状況で子育てをしていたら、ひどい毒親になっただろう。


息子さんは、サンドラの社会的な立場なんてどうでもよく、ただ自分を無条件に愛して欲しかった・・・そんな思いでいたのだろう。立場をとるというのは、社会生活をする上で避けられない事。そして私たちは皆、自分の立場に苦しむ。どんな立場をとる前に、どんな正しさを語る前に、そこに愛があるか? 自分が迷った時の質問はこの一点にしたい。

サンドラ、打ち明けてくれてありがとう。そう返しました。サンドラはどんなに怒っても人を憎いと言っても、可愛げがあるから許されるよね。と付け加えました。80代になっても新しい事に挑戦しているサンドラは、シニアの鏡のような人。息子さんとの辛い経験があったから、娘さんに授かった二人の孫の男の子たちと、こんなにいい関係を作る事ができたのでしょう。サンドラはやっぱり私の先生だ。



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