注意力がずれている子

私が自転車に乗れるようになった頃、母は家の近くの町工場で働いていました。歩いても行ける距離で、車やバスが行き来する道路の前にその工場はありました。私はその道路脇を何度も歩いた事があったので慣れていました。ある日、歩いてではなく自転車でその道を通る事にしました。母の工場の前を通りかかったら、母がいるかどうか覗いてみようと思いました。


自転車の運転もバッチリ慣れた。母がもし建物の入り口付近に立っていたら大きな声で「おかあさ〜ん!」と叫んで手を振ってあげようと思いました。いるかな?私のこと見えるかな?片手を離して大きく手をふったら、自転車が上手だねと褒めてくれるかな?なんて考えているうちに、道路を挟んで反対側にある工場の建物が見えて来ました。入り口が見えて、外で作業をしている人たちの人影が見えました。私は自転車をこぎながら、ちょっと身を乗り出して覗きこみました。そしたらドンという音と衝撃がおこり、私は一瞬宙に浮いた後、道路の下に落ちました。道路の側面は崖で、ガードレールなどはなく、その下は田んぼになっていました。


どうやら私の前には縦列駐車された車があったのでしょう。私は前を見るのを忘れてしまい、止まっていたその車にぶつかったみたいです。私は頭から田んぼ落下しました。着地後、真っ暗でヌルヌルした感触だったのを覚えています。次の瞬間の記憶は、自宅で母にお風呂に入れられて着替えをしてもらうシーンです。母はどうやって私を見つけたのでしょうか?私は助けを呼べませんでした。私が車にぶつかる音を工場の誰かが聞いて、田んぼを覗き込んでくれたのでしょうか?頭から刺さっている女の子をみて、母に「あなたのお子さん、田んぼに刺さってますよ」と教えてくれたのでしょうか?


これ以外にも、田んぼの横のドブに頭から刺さったことがあります。この時は、近所の大きい男の子達に混ざって遊んでいた時で、ちっちゃい私を肩車した男の子と、ほかのちっちゃい子を肩車をしたもう一人の男の子が競争するレースでした。私を肩車した男の子は土手でつまづいて、担がれていた私はなすがままに投げ出され、横のドブの中に勢いよく落下し、直角に刺さりました。耳の横で、ドジョウが跳ねました。


自転車事件は母の方がもっとやらかしています。母が私を後ろに乗せて畑の道を走っていた時、曲がり道で操縦を謝って、後ろの私は振り落とされ、下の畑まで雑草の崖をころげ落ちました。一番危なかったのは、母が私を乗せて大道路を走っていた時、道路脇の下水道に自転車を倒してしまいました。下水道はむき出しで大きく深く、自転車ごと落ちる幅です。運良く私の足が車輪に引っかかって、頭が下になってぶらさがった状態になったそうです。自転車を掴んだまま身動きが取れない母と、宙吊りになっている子供の姿を、バスの運転手が見つけてレスキューしてくれたそうです。その下水の溝は、壁も底もコンクリートだったので、落下していたら厄介なことだったと思います。私は溝の左右の壁で頭をぶつけたらしく、頭のあちこちにできたカサブタが痒くなって、保育園でポリポリ剥がしていたことだけ覚えています。


どれも怖い記憶になっていもいいのだけど、自分の頭が直角に刺さる角度が見事だなーとか、ドジョウもびっくりしただろうなーとか、かさぶたが剥がれてゆく時に髪の毛は剥がれないのねーとか思ったのだけ覚えています。

生きていることの現実感がイマイチわかっていなかったのでしょう。空想の世界も現実の世界もおもしろくて、その境界があやふやになったりして、情緒ではすごく反応していつも感動していました。情緒が反応しすぎて、こんな感情を言葉で表現することができるという発想がなかったのです。ひたすら目をまん丸にして、口をポカーンと開けている子でしたが、あれは瞬間瞬間を、感動していたのです。適応力、大丈夫か?と周囲から思われる子だったかもしれませんが、大怪我をせずに育ったのは奇跡だと思います。いつも肝心なところに現れて対処してくれて、大騒ぎも心配もしない家族のおかげだったと思います。


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