日本から見たサピエンス全史#23 イスラム教を探る 

Updated: Mar 24

信仰の父アブラハムから生まれた三つの宗教:ユダヤ教・キリスト教・イスラム教

中国ではユダヤ人のことが石碑とか書物で残っており、秦の始皇帝もユダヤ人だったと思います。日本でもユダヤ人の埴輪があります。ユダヤ民族は世界中に離散し(ディアスポラ)、世界中どこにでも入り込み、頭脳明晰なので国家を持たなくても金融を握ってきました。世界はユダヤ人でつながっているという考え方を私もしています。


ジャック・アタリ(アルジェリア生まれのユダヤ系フランス人経済学者)が2015年にこんな本を出しています「ユダヤ人、世界と貨幣・一神教と経済の4000年史」。この本の中でジャックは、世界を疲憊しているのは俺たちだと言っています。世界をユダヤ人が支配しているとも言ってています。

しかし、キリスト教の旧約聖書をつくったユダヤ人を全否定したのも、またユダヤ人のマルクスです。ユダヤ人は最初からお互いに対立している訳です。この対立するユダヤ人達から世界の思想ができ上がっていると言ってもいいし、宗教ができあがっていると言ってもいい。ユダヤ人が隠している、というよが世界中に移居して問題は潜在化されました。彼らの生き方がそうさせたし、彼らの生き方が日本までやって来させたという事です。彼らがある意味失敗しているのは、地域の伝統や文化をもっている各国の民族を、その土地に根ざした物質的なベースを無視して統治しようとしても、できないという事です。精神的なものだけでメディアを使って世界数十億の人たちを2000万人足らずの民族で支配しようとしても・・・。

日本国憲法の作者はユダヤ人で、戦後の日本を創ったのは日本人ではなくユダヤ人であると「日本人に謝りたい」の著者は言っています。ユダヤ人はそういう風に考えるのです。これらの本では潜在ユダヤの問題がはっきりと顕在化されています。


こういう人たちのやり方を、私は一つの文明と見ています。

もう一つの文明は、ヨーロッパ化したキリスト教圏。もう一つは、キリスト教が1%に満たない日本。これが対立しています。佇立していると言ってもいい。ユダヤ人がいくら日本を他国のように支配しようとしても支配できなかた。日本支配を失敗したと、この本の著者は書いています。


今回はイスラムについてですが、ユダヤと中東の問題は根を同じくしています。ではユダヤ人とイスラム教徒(アラブ文化)はどこが違うのか。


日本では7世紀で聖徳太子の時代、朝廷に仕えていたユダヤ人と思われる秦河勝は聖徳太子のバックにおり、神仏集合で共同宗教を実現させ広隆寺、法隆寺を造ってゆくという時代でした。それまでの神道が共同宗教とすれば仏教によって個人の問題である悟りというものを取り入れ、この見事な調和が日本人を形成し、見事な文化をもたらすことになりました。


岡倉天心の言葉で、「アジアは一つ」があります。日本の文化は西アジアから東アジア全域の文化遺産をその奥深くに受け止め醸成したものであるということで、例えば正倉院(756年)にはペルシャや西方の美術工芸品が多数あり、シルクロードの東の終点と言われます。


イスラムとは何かに戻ります。

モハメッド(ムハンマド) (570年頃〜632年)ですが元々は商人でしたが40歳頃神の恩寵というか、そういうものを聞きました。岩のドームですが、族長の父アブラハムが、息子イサクを犠牲に捧げようとした時に神に留められた場所に建てられました。それほど、イスラム教ににとってもアブラハムが大事だという事です。


3つの宗教は、唯一神ヤハウェが人類救済のために預言者として選んだ人物がアブラハムであり信仰の父としています。この3つの宗教を「アブラハムの宗教」と呼びます。このアブラハムという人は、アダムとエバの楽園追放の後、人間があまりにも堕落し傲慢になったため、神が大洪水を起こしノアの家族以外のすべての人間が処分されたのがノアの大洪水の話ですが、この唯一残されたノア一族から出たのがアブラハムで、その後信仰の父として中心的な預言者になります。アブラハムにはなかなか子供が生まれず、女奴隷のハガルを妾にして76歳の老齢でイシュマエルが生まれますが、妻のサラが100歳になって生まれたのがイサクです。そのイサクを差し出せと神が言った言葉に従って我が子を刺そうとした人です。イシュマエルの子孫のアラブ人もアブラハムから生まれたユダヤ人です。結局ノア、アブラハム、モーセ、イエス、ムハンマド、五代預言者は全部ユダヤ人です。

秦の始皇帝もムハンマドも、もちろんキリストもユダヤ人となると、日本以外のほとんどの宗教の祖先はユダヤ人ということになります。(日本にもユダヤ人が渡来していた事が明らかにもなり、どう解釈するかですが、日本の文化は強く好ましく、彼らが反抗し得ないものを持っていたと思います。)

イスラムも確かにユダヤ人がもっていなかったものを持っています。幾何学模様の装飾やカリグラフィー。イスラム文化が偶像崇拝を禁止しているからということもあります。キリスト教が持つ非難はイスラムにはなく、コーランには服装のことから飲食のことからあらゆる事が記されて、ある意味社会的な、神の前では平等という考え。基本的には神への絶対的帰依の考え方。

コーランの中で初めて、ユダヤ人たちが利子をとっていると述べてますが、キリスト教ほどユダヤ迫害はしていません。コーランではある意味ユダヤ教を肯定しています。私からみるとイスラムはユダヤ教をうまく使って(日本人が秦氏をうまく使ったように)、ユダヤ人がディアスポラによってもたらした、商人としての知識などを使いこなして共同体を作ったと思います。


同じ信仰の父や預言者を共有しているのになぜイスラム教とユダヤ人は違っているのか?キリスト教の神学者がよく指摘するのは、心の中の行いまで罪の対象にするキリスト教に対しイスラムでは、心の中で何を思っても関係なく、行動のみを罪の対象にするところだそうです。イスラム教で描かれる天国は酒池肉林の世界です。男性からみた世界で、y女性が天国に行った場合の描写はコーランにはありません。

酒池肉林の快楽の世界は、日本人には魅力的に感じませんね。ひとしきりやったらおかしくなるというか、自然がそれを許さないという感じ方をしますが、イスラムの場合は、何のモラルの規制もない世界に行けることに憧れている。過酷な砂漠の気候ををもろに生きてきた文化から生まれた遊牧民の激しい気質が生んだのでしょうか。


イスラム教の弱点は、個人/個性を大事にしないところです。

Source:田中英道 YouTube 林原チャンネル