シグナルが来る時

Updated: Jul 4, 2019

オハイオ州に来て2年後、体調不良で会社を退職しました。リカバリーに取り組んで数年後、社会復帰できそうな状態まで回復しましたが、もう会社員は無理だと思いました。あらゆるものに敏感になってしまった私の体は、以前の自分とは別の体質に変化していました。この頃、マッサージを仕事にしたい思いがどんどん強くなってきて、マッサージの学校の情報を調べたり見学に行ったりしたのですが、貯金はもう残っておらず、年金も使い果たしたので、学校に行くのは無理でした。仕方なく、大学の解剖学の講義のYouTubeを見たり、マッサージのテキストブックを読んだりして学びました。そして1年後、周囲の友達にメールを送り、無料で出張マッサージをするので練習台になって下さーいと、片っ端から宣伝しました。


そうして数人の知人が私のマッサージを受けてくれるようになり、交通費として幾らか支払ってくれるようになりました。プロではないので名刺は作らず、口コミだけです。選んだスタイルはアジア式で布団を使ってやりますという事にして、エキゾチックなアピールをしました。私自身が日本で整体や鍼治療を受けていた時代は布団の上で受けた時代で(80年代の昭和😅)、このスタイルをアメリカでも試してみたい思いもありました。私が勉強に使った本は、タイマッサージです。テキストに従ってマニュアルを作り、カードサイズにしました。そして始めと終わりに感謝の瞑想をしました。タイマッサージの注意点の一つは、体内に人工関節を入れている人に施術してはいけないという事でした。


マッサージでお金が少しできたらマッサージスクールに行けるようになるだろうか?そうなるまで何年の道のりだろうか?そんな思いが募るある日、クレジットカード会社からの郵便物を開けるとで、今まで見たことのないローンのオファーでした。内容を見て驚きました。何年も無職の私にこんな高額を貸してくれるなんて。金額は、ちょうど学校に必要な額。無利息の期間も学校の期間と同じ。私は迷わず全額を借り入れ、入学手続きをしました。


晴れてマッサージスクールに入学できてすぐの事、レギュラーのクライアントになってくれていた友人から私の事を聞いたという女性から、マッサージの申し込み依頼の電話が来ました。サンドラという70代の独居シニアでした。彼女は昔タイに行った時にタイマッサージを受けた事があるのでまた受けたいという事でした。人工関節を入れていませんかと質問したらNOと言ったので仕事を受けました。当日行ってみると、サンドラは足が痛くてまともに歩けないと言いました。電話の時はそんなひどいような事は言ってなかった・・・彼女の「言うの忘れてたけど私、両ひざとも人工関節なの」とサンドラが言いました。電話の時と話が全然違う。今になってそんな事言うの?悪いですけどあなたには私のマッサージは無理です、帰りますと言おうとした時、サンドラが「ドクターに行っても普通のマッサージに行っても治らないのでなんとかして欲しい」と言いました。そして2時間お願いと言われました。


仕方なくサンドラを布団に寝かせて足からソックスを外してみると、血の気がなくグレイのような、色のない白い肌。血管はどこにも見えず、足首のくびれがなくなるほど、何かでむくんでいるようでした。どうしていいか分からないまま、彼女の足を私の膝に乗せてさわり始めました。皮膚がポロポロとむけてゆきます。老廃物が塊になって、くるぶしの骨と一体化しているように感じられました。どこがくるぶしかわからない。足の指の爪は全て変形していました。とにかく痛がるので、痛くない場所をさするしかありません。そのうち彼女は眉間にしわを寄せながら寝息をたてはじめました。眠っている間がチャンスと思い、痛い場所をマッサージしました。彼女が痛がって目を覚ますと、離れた場所にもどり、さすりながら眠るのを待ちました。彼女の体は痛みを感じると眠くなるようなメカニズムを作ってきたのでしょう。寝顔が悲痛で、何年もそうやって痛みに耐えながら眠りについていたのだと思います。


2時間が過ぎました。彼女の体重は私の2倍近くありそう。重かったぁ・・・。リンパを流してあげなきゃと思い、彼女の足を私の体のどこかに乗せ続けたので、私の下半身はしびれて、よろけながら立ち上がりました(カッコ悪ぅ😅)。私の黒いパンツは、彼女の足の皮膚の破片で覆われていました。ズボンをはたくのは失礼だと思い、車の近くまで行って叩きました。彼女は膝があまり曲がらないし、足も痛いからあまり足のお手入れをできないでいたのでしょう。


帰宅してから思いました。もう二度と彼女から連絡は来ないな。あんな痛いの、誰だって嫌だ。でもマッサージ中は目の前の状況を何とかしたいという思いだけで、後の事を考える余裕はなかった。翌日になってちょっと怖くなりました。彼女は怒って連絡してくるのでは?もしかして、痛い目にあったから訴えるとか言われたらどうしよう・・・。ここはアメリカ。よくある話。数日後、彼女からメールが来ました。あ〜クレームだ。学校にもクレームが行ったらどうしよう。私のマッサージ人生は始まる前に終わってしまう・・・。


つづく